書籍は物価の優等生?ー出版業界の通説を疑う
概要
これは、去年、大学1年生の時に履修した「図書館情報資源概論」の授業で提出したレポートです。編集が面倒なので当時のまま載っけます。
「書籍は物価の優等生」という言説が正しいのか自分なりに検証して、「正しくない」という結論を出しています。
元々小分けにして出すつもりで、①②なんかも書いたんですが、面倒すぎて続かないので最初から生で出します。
発信の意図
発信の意図は、以下の2つです。
- 不完全ながら頑張ったレポートだから、マイルストーン的に発信して記録したい。
- 同じような興味関心を持つ人に(正誤はともかく)話題と情報源を提供したい。
そんな感じで、ここから本題です。
================
第1章:「物価の優等生」とは何か
1.1 テーマの説明
日本の書籍は「物価の優等生」と呼ばれている。そしてこの主張は、再販制度を維持する根拠として挙げられる。例えば高須(2018)は、「再販制度=定価販売によって、本の定価は物価の優等生と呼ばれるほど安定し」ていると述べている。
では、「物価の優等生」とはどのような意味か。定義を説明している辞書を見つけることはできなかった。しかし、岡部(2019)は、1950年から2016年にかけて消費者物価が8.19倍に上昇したのに対し、出版物の定価がそれほど上昇していないことに言及して、出版物を物価の優等生と述べている。また、読売新聞(1995)には、「書籍、雑誌の価格上昇率は、消費者物価指数の上昇に比べかなり低く、『物価の優等生』と評価されている。」とある。
従って、「物価の優等生」とは価格上昇率が消費者物価(指数)の上昇率よりも十分に低いモノを指すことが推測される。また、「物価の優等生」の基準は国内の物価との比較であり、海外の物価との比較ではないことがわかる。
1.2 関心を持った点
では、日本の書籍は現在も「物価の優等生」なのだろうか。
日本の消費者物価指数(以下、CPI)と書籍平均価格の推移を比較することで、この問いに答えることを試みる。
第2章:CPIと書籍平均価格の比較
2.1 CPIと書籍平均価格の推移を分析する
まず、日本のCPIと書籍平均価格(税抜、加重平均)の推移を図1に示す。
図1より、CPIと書籍平均価格の両方について、1995年ごろまでは上昇傾向にあったが、それ以降は横ばいとなっていることがわかる。
次に、1970年を100としたCPIと書籍平均価格の指数の推移を図2に示す。
図2より、1974年までCPIと書籍平均価格の増加率はほぼ同じであったが、1974年以降は書籍平均価格の増加が鈍化したことがわかる。また、両者は1995年頃からほぼ水平に並行している。
そこで、データセットを1974年と1995年を境に3つに区切り、さまざまな期間でのCPIと書籍平均価格の増加率を表1に示した。小数点以下は四捨五入してある。
表1より、1970年から1974年まではCPIと書籍平均価格はどちらも1.5倍近くに増加しており、両者の増加率にあまり差はない。1974年から1995年にかけて、CPIは2.02倍に増加しているが、書籍平均価格の増加比は1.44倍であり、CPI増加率は書籍平均価格増加率の1.40倍となっている。そして1995年から2020年の直近25年にかけては、書籍平均価格の増加率がCPI増加率よりも1.04倍高い。
2.2 考察
1970年から2020年までの50年間のCPIと書籍平均価格の増加率を比較した場合、岡部が指摘しているように、書籍は物価の優等生であると評価できよう。なぜならば、書籍平均価格の増加率はCPIの増加率の0.70倍であり、価格上昇率が低いからである。
しかし、期間をより最近に絞って、1995年から2020年までの直近25年間とした場合、書籍は物価の優等生であると評価することはできない。なぜならば、書籍平均価格の増加率はCPIの増加率の1.04倍であり、価格上昇率が他の物価と比較して低いとは言えないからである。
そして、1970年から2020年に期間を延長した場合に書籍平均価格の価格上昇率が低くなる理由は、1974年頃から1995年頃の間、CPIが高い増加率で増加し続けていた一方で、書籍平均価格の増加率が鈍化していたからである。言い換えれば、「1970年から2020年まで」の増加率の比の大部分が「1974年から1995年まで」の増加率の比で説明される。表1のα/βの列を見ると、「1970年から1974年まで」と「1995年から2020年まで」の値は1に近くなっているが、「1974年から1995年まで」の値のみが1から外れた高い値となっており、この値によって「1970年から2020年まで」の値が1より大きい数字になっている。
では、なぜ近年の書籍の価格上昇率はCPIの上昇率よりも高くなったのだろうか。ひとつは、日本がバブル崩壊を期に慢性的なデフレに陥ったため、CPIの上昇率が著しく鈍化したことが考えられる。一方で、図1を見ると、2013年までほぼ横ばいだった書籍平均価格が2013年以降上昇し続けている。デフレの中でそのような価格上昇をしたため、「物価の優等生」とは評価できない価格上昇率となったことが推測される。近年書籍の平均価格が上昇し続けている理由は、紙の本が売れない出版不況によって書籍の発行部数が減少した結果、出版社が採算を維持するために定価を引き上げているためだと推測される。しかし、他の物価が上がらない状況で書籍の価格が上昇すると、消費者がより一層書籍を買い控え、余計に書籍が売れなくなる悪循環に陥る危険がある。
それでは、なぜ他の物価が上昇し続けた1970年代、80年代に書籍の価格が上がらなかったのだろうか。考えられる理由の仮説として、再販制度のもとでは書店が価格を設定できないため消費者の需要が価格に反映されにくく、したがって価格が硬直的であることが挙げられる。浅井(2019)は、再販制度を持つ日本と同制度を持たないアメリカの書籍価格を比較して、「日本の書籍価格は、需要の価格弾力性を重視せず、制作費用を積み上げて設定している」一方で、アメリカの場合は「書店が書籍特性に応じて、その価格を変動させている」と述べている。
第3章:結論と展望
3.1 結論
日本の書籍は、1970年から2020年の間で分析した場合は「物価の優等生」と評価できるが、1995年から2020年の間で分析した場合ではそのように評価することができない。この不一致が生まれている理由は、1974年頃から1995年頃まで日本の物価が上昇し続けた一方で、書籍の価格があまり上昇しなかったためである。
3.2 今後の展望
まず、近年の書籍平均価格が他の物価よりも上昇している理由を分析する必要がある。これによって、出版業界の動向を予測したり、制御したりすることが可能となるだろう。
次に、1970年代、80年代に書籍の価格が上昇しなかった理由を分析する必要もある。これによって、再販制度の構造的な特徴を経済学の知見から明らかにすることが期待できる。
最後に、再販制度に関する科学的な因果推論を抜本的に検討し直す必要がある。少なくとも、今回の議論で「書籍が物価の優等生であること」に疑義が生じた。また、再販制度と書籍価格の因果関係を検討するためには、諸外国についても同様に物価と書籍価格を比較する必要があるだろう。このような実証的な検討によって、再販制度が社会のためになるか議論されることを期待する。
浅井澄子. 書籍市場の経済分析. 東京, 日本評論社, 2019, 308p.
岡部一郎. 出版業界に未来はあるのか:出版人に贈る出版の未来と生き残り策の提言. 千葉, 出版企画研究所, 2019, 175p.
再販制度維持「見解」PRへ/書籍・雑誌・新聞協会. 読売新聞. 1995-8-1, 東京朝刊, p. 26.
出版科学研究所 [編]. 出版指標年報. 2021年版, 東京, 全国出版協会出版科学研究所, 2021, 392p.
総務省統計局. “消費者物価指数”. 統計局ホームページ. https://www.stat.go.jp/data/cpi/ (参照 2022-1-20)
【ボツ】書籍は物価の優等生?ー出版業界の通説を疑う②
2週間空いてしまいました。今年もよろしくお願いします。
さて、前回は
- 「物価の優等生」とは、価格の上昇率が国内の物価上昇率と比較して低い商品のこと(海外の価格との比較ではない)
という点を確認し、
- 「日本の書籍は本当に『物価の優等生』だったのか/今もそうなのか」という問いを、日本の消費者物価指数(以下CPI)と書籍平均価格を時系列で比較することで批判的に検討する
というこのシリーズ記事の目的を確認しました。
ではでは、さっそく分析に入っていきます。
まず、日本のCPIと書籍平均価格(税抜、加重平均)の推移を示します。
ちなみに出典は以下の通りです。
https://www.stat.go.jp/data/cpi/ www.stat.go.jp
-
出版科学研究所 [編]. 出版指標年報. 2021 年版, 東京, 全国出版協会出版科学研究所, 2021, 392p.
図1より、CPIと書籍平均価格の両方について、1995 年ごろまでは上昇傾向にあったが、それ以降は横ばいとなっていることがわかります。
次に、1970 年を 100 とした CPI と書籍平均価格の指数の推移を図2に示します。
これは、2つの指標の「上昇率」を明示的に比較するためです。今回使う消費者物価指数はもともと2015年を100としているので、それを更に加工するのもへんな話ですが...解釈上の問題はそんなにないはず。
図2より、1974 年まで CPI と書籍平均価格の増加率はほぼ同じであったが、1974 年以降は書籍平均 価格の増加が鈍化したことがわかります。
また、両者は1995 年頃からほぼ水平に並行しています。
そこで、データセットを 1974 年と 1995 年を境に3つに区切り、さまざまな期間での CPI と書籍平均価格の増加率を表1に示しました。小数点以下は四捨五入してあります。
表1より、1970 年から 1974 年までは CPI と書籍平均価格はどちらも 1.5 倍近くに増加しており、両 者の増加率にあまり差はないです。
1974 年から 1995 年にかけて、CPI は 2.02 倍に増加していますが、書籍平均価格の増加比は 1.44 倍であり、CPI 増加率は書籍平均価格増加率の 1.40 倍となっています。
そして 1995 年から 2020 年の直近 25 年にかけては、書籍平均価格の増加率が CPI増加率よりも 1.04 倍高いです。
...と、ここまでで分析パートは終わりです。次の記事では考察と結論を述べます。なんとか投稿頻度を維持したい...ではまた来週〜
読書記録ー太宰治『人間失格』
大学生の有志でだいたい2週間ごとにやっている読書会の課題本で、その読書会は「新潮文庫の100冊を読破する」というテーマで去年からやってます。35回目くらいの開催。
この本を読んだのは人生で三度目くらいだと思うけど、前回読んだのがいつか覚えてないので、、、読み始めてから(ああ、めっちゃ読んだことあるな)となりました。
内容は、まあ、太宰治自身が投影された主人公の葉蔵が、「社会の人間」として生きることができず、自分で自分に人間失格と言い渡す、という話です。読んでください。
個人的に、物語の内容を単独で掘り進める作業よりも、他の本を挙げながら語るのが好きなので、そういう感想の書き方をします。
まず、この小説は主人公の「他人(の気持ち)がわからずに困惑する」という独白から始まるのですが、そんな彼におすすめの本があります。河合隼雄の『こころの処方箋』です。
この本はすご〜く平易な「読むカウンセリング」で、4ページごとにテーマを変えて、55テーマが収録されています。目次を見て気になるテーマだけを読むこともできます。内容は、メンタルがなんでもない時は「こんなん常識や〜」となるのですが、もしかしたら必要な時が来るのかもな、という感じです。お守りというか、まさに「処方箋」として手元に置いておきたい一冊です。
それで、この本の最初のテーマが「人の心などわかるはずがない」なのです。ベテランカウンセラーの著者が、「よく勘違いされるんですが、クライアントの心は全くわかりません」と述べています。もしこの本に葉蔵が出会っていたら...などとクダラないことを考えました。
それから、この小説では主人公は最後に(一応)生きて、その後まもなく筆者の太宰治が入水自殺します。この「主人公を生かして自分が死ぬ」構図に、僕は注目したい。三島由紀夫は太宰治の後輩世代(16歳下)の文筆家で、太宰の作品が嫌いだったことで有名です。そんな三島由紀夫の『金閣寺』で、主人公は最後の最後に金閣寺と一緒に燃え死ぬことなく、「生きようと私は思った」という鮮やかな結びを迎えます。
そして、三島由紀夫はこの結末を、「主人公を死なせることも考えたが、敢えて生かすことで、私も生きてゆくことができた」と振り返っています。
このような三島の「主人公を生かして筆者も生かす」構図や、「主人公を殺して筆者が生き延びる」構図(ヘッセ『車輪の下』とか)の作品とは対照的に、太宰の「主人公を生かして筆者が死ぬ」というのは新鮮でした。もしかしたら、実は太宰はどこかでまだ生きていたいと感じていたのかもしれない...と考えてしまいます。
というのも、2019年に公開された映画「人間失格:太宰治と3人の女たち」では、そのような「実は心のどこかでまだ生きたいと思ってた」という解釈がされているからです。この作品は、人間失格を描いてから自殺するまでの太宰治(小栗旬)を、当時の人間関係に即しつつ所々オマージュした秀逸な映画です。ちょっとエッチなので、高校生の頃彼女と見に行ってドギマギした思い出があります。ぜひこれも観てください。
最後に、主人公の葉蔵は真実や愛を求めて「真に人間的に生きようとた」結果、エゴイズムの渦巻く人間社会では「人間失格」となるという「人間的たるには、非人間的に生きざるを得ない」という逆説に直面しました。まさに同じテーマがドストエフスキー『白痴』でも描かれています。世俗化や終戦の激動期を生きた19~20世紀はともかく、資本主義とエゴイズムがずいぶん支配的なイデオロギーとなった現代において、この命題を正確に掴むことは難しいようにも感じます。「真実に生きる」ことが一体何なのか、若輩者の僕には一向わかりません。わかる日は来るのかな?
【ボツ】書籍は物価の優等生?ー出版業界の通説を疑う①
最近、物価が上がっているのを実感します。ニュースでも連日物価上昇が取り沙汰されていて、先日は「『物価の優等生』と呼ばれる卵が値上げしました」と報道されていました。
ここでいう「物価の優等生」の意味は、「価格の変動が長期にわたって小さく、更に元々の価格も安いなどのモノを意味する語」です。広辞苑や主要な辞典には記載がなく、実用日本語表現辞典を参照しました。ちなみにこの辞典、Wikipediaと似て文責が曖昧なネット辞典なので、学術論文で使用することには賛否両論あるので注意しましょう。たまに参照してる論文を見かけますが...。気になる方は以下のWikiを読んでみてください。
さて、大学で図書館の勉強をしていると、出版業界のことも学びます。なぜなら、出版業界と図書館はすご〜く関係が深いからです。具体的には、「図書館は書店の売上を奪ってるから民業圧迫だ!」とか、「いやいや、図書館は書店にとってお得意様だよ」とか。この辺の論点は、いずれ別の記事で紹介できたらと思います。
本筋に戻ります。出版業界について学ぶとき、特に大事な論点は「再版制度」です。そして、再販制度を擁護する立場がその根拠として主張したのが「日本の書籍は再販制度によって物価の優等生となった」という(社会科学的に謙虚に言えば)仮説でした。
再販制度は「再販売価格維持制度」のことで、独占禁止法で本来禁止されている、メーカーが卸売業・小売業の販売価格を指定する「再販行為」を例外的に認める制度です。言われてみれば、書籍は「定価」が印字されていて、他の日用品と違ってどのお店でも(バーゲンセールとかは基本なく)同じ値段で手に入りますよね。現在法律で再販制度の対象となっているのは、「書籍・雑誌・新聞・音楽用CD・音楽テープ・レコード盤」の6つです。かつて(1997年頃まで)は、医薬品や化粧品の一部も再販制度の対象となっていたのですが、、、再販制度自体の話は、また別の記事に回しましょう...!
で、書籍の再販制度の話に戻ると、例えば高須次郎は『出版の崩壊とアマゾン : 出版再販制度<四〇年>の攻防』(2018年、論草社)で再販制度=定価販売によって、本の定価は物価の優等生と呼ばれるほど安定し(p.323)」ていると述べています。この方は僕の学部の遠い遠い先輩でもあるのですが、出版業界で立派な論陣を張っておられます。
同じような言説は探せばちらほら見つかります。岡部一郎は 『出版業界に未来はあるのか:出版人に贈る出版の未来と生き残り策の提言』(2019、出版企画研究所)で、1950 年から 2016 年にかけて消費者物価が 8.19 倍に上昇したのに対し、出版物の定価がそれほど上昇していないことに言及して、出版物を物価の優等生と述べています(p.175)。
出版業界に未来はあるのか | 一郎, 岡部 |本 | 通販 | Amazon
読売新聞(1995-08-01、東京朝刊)には、「書籍、雑誌の価格上昇率は、消費者物価指数の上昇に比べかなり低く、 『物価の優等生』と評価されている。」とあります。
これらの言説から「物価の優等生」とは価格上昇率が消費者物価(指数)の上昇率よりも十分に低いモノを指すこと、そして「物価の優等生」の基準は国内の物価との比較であり海外の物価との比較ではないことが推測されます。これから「物価の優等生」について数字で分析するためにも、この辺の定義と操作化は明確にしておきます。
さてさて、これからの記事では「日本の書籍は本当に『物価の優等生』だったのか/今もそうなのか」という点について考えていきます。日本の消費者物価指数(CPI)と書籍平均価格を時系列で比較して、まあ、(そんなことないよ><)ということを明らかにしようと思います。
...という感じで、1週間に1,000字以上の記事を一つ出せれば万々歳ですね。頑張ります。ちなみに、この一連の記事は僕が去年、大学1年生の秋学期「図書館情報資源概論」の授業で提出したレポートを元にしています。内容は特に精査していないので(いずれ更新したい)間違いがあったら優しく教えていただけると助かります。
2023/1/2追記:記事の2番目が投稿されました。